■松尾さん 先ほどの話で情報が多すぎると煩わしいというようなことがありましたが、テクニックとして、表示する情報を減らすというようなものはあるのでしょうか。
■高橋氏 まずは、情報の送り手が、情報のディレクトリとプライオリティをしっかりと整理できているのかによると思います。
特に銀行で、ホームページでの情報の提示にしても、ATMでの手順にしても、そのような部分が整理できていない、使いにくいものが多いような気がします。
そこを改善するのは、別にデザイナーというわけではなくて、最初の話に戻りますが、思考のプロセスがふめる人、つまり広義のデザイナーがふえていくことで解決していけると思うのですが、日本ではそういうことが教えられてこないですよね。例えば、デザイン科の学生というと、日本ではそれが即デザイナーの予備軍としてとらえられますが、海外ではまず1クラスに80人とかもいないし、普通の企業に「私たちはデザインを勉強してきました。それをベースに会社での仕事に役立てます」として就職することが多いという話を聞きました。デザインを学んだからデザイナーになるというのではなく、造形とかさまざまなデザインをやってみたけれども、企業の中でデザインをジャッジする立場として仕事をすることもできるわけですよね。教養というか、民度のなかにデザインがはいっているか、ということですね。
■渡辺氏 最初の、クライアントさんとのデザインのやりとりにもどると、企業の中にデザインのプロセスをジャッジできる人がいないということが問題点で、丸投げの割に、「何かわからないけど嫌だ」という結論をだしてしまうというような話ですよね。
■高橋氏 多いのは、発注者側が要求を整理できていないことですね。その段階で代理店やデザイナーがはいっても、ジャッジできないですし、クライアントさんでもジャッジの方法もプロセスもわからない、しかも「昔、趣味で油絵を描いていてね」というような方が発注者チームにはいってしまう・・・ということがありうるわけです。最後は好き嫌いで決めてもらっていいにしても、そのプロセスが共有できないと、プロジェクトをすすめていくのは難しいですよね。こういうものは、OJTでしか学んでいけないものだと思うので、発注者側でもかなり勉強が必要でしょうね。
■松尾さん 音声による情報の提示の話がありましたが、音声以外だとどのようなサインが考えられるでしょうか。
■高橋氏 うける情報のうち、視覚情報が80%くらい、と言われていますので、やはり聴覚、そしてそのあとは触覚的な情報になるでしょうね。
ただ、情報量的に言うと、視覚情報以外は二次的な情報、つまり視覚をサポートする情報となってしまうかもしれません。
■渡辺氏 以前、深沢直人さんが言っていたのですが、渋谷駅のホームで、ケータイメールをうちながら歩いている若者は、盲人用ブロックを手がかりに歩いていた、という話があって、これは面白い事例でしょうね。
アフォーダンスを自分で探っていくというか、二次的な情報を上手に活用しているというか。
ダイアローグ・イン・ザ・ダークというワークショップも有名ですね。視覚障害者と一緒に、真っ暗な闇の中を歩くというものですが、そうすると圧力を感じるような真っ暗闇の中で視覚が奪われると、聴覚や嗅覚、触覚や第六感みたいなものまで増幅されるような印象になります。そこでは、いかに視覚に頼っていたのかということとともに、残りの感覚器を総動員しようとすることがよくわかる体験でした。
■高橋氏 漆黒の闇というか、すぐ近くが見えないというものですよね。
■福島さん 最近は、暗闇でのレストランも登場したようです。真っ暗な中で、ナビゲーターは盲人の方で、という演出のようですね。
■渡辺氏 ダイアローグ・イン・ザ・ダークでも、最後は真っ暗な中でバーが用意されていて、そこでワインなんかを飲むのですが、ぜんぜん何を飲んでいるのかもわからない。これはドイツで始まったワークショップなのですが、そのときには最後にお金を払ったりもしたようで、するといくら払ったのかすらわからない。盲人の人に「お金足りませんよ」なんて声をかけられるというのです。この体験はすごいと思いますよ。
■高橋氏 ミツバチなんかは、人間にとっての可視光線より広い範囲を可視光線としてとらえることができるといいます。つまり、ミツバチに比べれば、私たちの視覚も健常ではないというか、つまり絶対はないわけですよね。
トンネルなどでは、明順応・暗順応というか、暗さの調整をしますよね。それがないと、トンネルをでたところで外の明るさに目が慣れないということがおこります。コピー機でもそういう部分を補正して、いまはきれいになっていますよね。そういう特性を知った上で、どう考えるかですね。
■渡辺氏 最初のところで建物のリノベーションの事例として札幌のインタークロスクリエイティブセンターの話が出ました。2029年は、きっと新しい建物は無闇に建てられないでしょうし、サステナビリティーに対する欲求のような高まりもあるとすると、無闇に新しいものをつからず、今あるものに新たな価値を少しずつ反映させていくということが大切になっていくのかなと思っています。そういう時の一つのヒントとして、サインの方法論は大切だと思いました。この無闇にモノを作らないために、いかに情報空間を現実世界に結びつけていくのかということを考えました。 |